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一休寺のみどころ


一休寺は京田辺市薪にあります。一休禅師は室町時代の中頃
1456年(康正2年)の63歳の時、このお寺に入られました。
禅師は1481年(文明13年)11月21日、88歳で亡くなれますが
その間の約25年をこのお寺で過ごされました。
お寺には禅師の墓所もありこのお寺は禅師晩年の棲家であったわけであります。

《参道》
総門をくぐると石畳の参道が続きます。
両脇には楓が植えられ足もとには隙間なく苔がしきつめられています。
桜、つつじ、さつき、沙羅、萩、楓など四季を通じて楽しむことが出来ます。
春にはうぐいすの鳴き声も聞こえ都会の喧噪を忘れゆっくりとした時間を過ごすことが出来ます。



《開山堂》京都府登録文化財大応国師像
一休寺は鎌倉時代に創建された妙勝寺をもととしております。
お寺を開かれたのは大応国師(南浦紹明)という方であります。
一休禅師は荒廃をした妙勝寺を再建し63歳の時に大応国師の木像を
つくられこちらに安置をされました。
お堂は大正時代に改築をされております。



《本堂》重要文化財
本堂は仏殿ともいいます。内部には本尊釈迦如来坐像、文殊普賢菩薩像
が安置されています。
当本堂は山城・大和地方の唐様建築中で最も古い建造物であります。
1429年から1441年の永享年間に室町幕府六代目将軍足利義教公の帰依により建立されました。



《方丈》重要文化財
方丈は住職の接客や仏事に使うところであります。
江戸時代1650年に加賀三代目藩主前田利常公の寄進により再建されたものです。

方丈中央の仏間には一休禅師の木像を安置してあります。

又、襖絵は江戸初期の画家狩野探幽によるものです。
全43面あります。今現在あるのはデジタル複製画であり
本物はお寺の宝物館にて常設展示をしております。



























《方丈庭園》国の名勝
方丈の庭園は北・東・南の三方からなる江戸初期の枯山水庭園です。
作庭者は松花堂昭乗、佐川田喜六、石川丈山の合作となっております。





《一休禅師墓所》
一休禅師は室町時代の後小松天皇の息子であるといわれております。
現在墓所は宮内庁により管理をされております。
門扉の菊花の透かし彫りからその中を眺めると禅院式枯山水庭園を見ることができます。



《少年一休像》
とんちの一休さんで一躍人気者となった一休さん。
誰からも愛されつづける京田辺市民のアイドルです。
お寺の他にも京田辺市の駅に同じ像があります。