このような場であまり私的な意見を言うのははばかれるの
ですが先日ある報道番組を見て驚いてしまったことを書きます。
それはある原発の再稼働問題についての取材でした。
現地を含め影響が及ぶ周辺自治体で意見がわかれ
今おおいに議論されている問題です。
本当に難しい問題で様々な立場、考え方によって一概には
答えることができないと思います。
しかし私たちは直面している問題としていずれかの道を選択し
ていかなければなりません。そのために議論し話あわなければ
ならないと思うのです。
しかしながらその放送をみるかぎりでは現地の議会に真剣さは
見られずまるで他人事のようでした。
(報道に少なからず意志もあるということはわかっておりますが)
いつまで私たちは巻き込まれた人生を送っているのでしょうか。
これは私たちが直面している問題です。
この人生は私たちの人生です。
誰しもが経験することですが、その時その時によって
なぜ時間の感じ方というのはあのように違うのでしょうか。
自分の大好きなことに夢中になっていると時間はあっという間
に過ぎて行きます。気づいたらもうこんな時間という経験ありますよね。
それなのに嫌な仕事となったらいつまでたっても終わらない。
人生いいことばっかりじゃありません。
私が入院していた時の話です。
一時は生命の危険を伝えられた私は親族の薦めで
祈願のために写経を始めました。
恥ずかしながら今まであまりちゃんと取り組んだことがなかった
のですがいざ始めるとその気持ちよさにはまってしまいました。
以前ブログでも書いたように入院というのは退屈なものです。
体調がよくなってからも時間つぶしによく写経をしていました。
不思議なことに書いている最中はそこに一心になっているせいか
時を感じることなくあっという間に時間は過ぎていきます。
そしてこころには余計な不安は入ってこず苦しくないのです。
しかし書き終わった後は逆にあとどれくらい時間がつぶれるか
なんて事を考えだして急に苦しくなるのです。
昔からこの時期、五月病に悩まされる新入社員の方がたくさん
おられることだと思います。
嫌になって対立することばかり考えると苦しくなってしまいます。
からっぽになって一緒になれればどうでしょうか。
ロシアの文豪トルストイが書いた民話に「火を粗末にすると消せなくなる」
というお話があります。
イワンとガヴリーロは先代からつづくお隣さんです。先代の頃はお互いに
助け合って仲よく暮らしていたのに息子の代になってからもめるようになりました。
見かねた先代は息子イワンにこう諭します。
おまえにゃなんにも見えねえのだ、おまえは腹立ちのために目がくらんどるから
人の罪は目の前だから見えるが自分の罪は背中だから見えねえのだ
おまえは今、あの男がわるいことをしたと言った。もしあの男ひとりがわるいこと
したのなら喧嘩のおこるわけねえ、いったい人間同士の喧嘩が片方だけから
おこるものだろうか
父の話を聞いて一度は改心したイワンでしたがガヴリーノの悪口を聞いて
また怒り出します。
ある日、イワンの家にガブリーノが放火するかもしれないと聞いたので
イワンはガブリーノをとっ捕まえようと納屋にかくれて待ち構えました。
ガヴリーノを見つけた瞬間、逆上し放たれた火を消すのも忘れガヴリーノ
を追いかけます。家まで追いかけたところで頭をなぐられ気を失います。
気がついたら家は全焼したあとでした。
このお話は二つの意味でどんな些細なことでもほうっておくと
取り返しのつかないことになるということを教えてくれています。
しかしこのお話で一番すばらしいのは火事の後、イワンが父に再度
諭されて自分自身で納得し改心するところです。
彼は放火の犯人がガヴリーノであると他言しませんでした。
最初は恐れていたガヴリーノもいつしか心をゆるし、また先代の時
のように仲良いお隣さんとして暮らしたそうです。
こころとは想像力です。
こころに想像力があると自分のことを考えるだけでなく
同じように人のことを思うことができる。
我をなくしたその先には自分と他人は変わらないものとなっている。
アニメ「ワンピース」にこんな素敵なエピソードがあります。
国をまもる医者たちが病気になり国の一大事と心配した
DRヒルルクは自らの身の危険にもかまわず国王のもとへと
直談判に向います。しかしそれはヒルルクをおびき寄せるための
罠でした。ヒルルクは国王軍にとりかこまれてしまいます。
自分の思いをうらぎられだまされたヒルルクはこう言います。
よかった・・・
病人はいねぇのか
おれぁてっきり国の一大事かと
何だぁおれがだまされただけかぁ
自分の行為に何かを求めずただ無心である。
何もなかったら何もなかったでいいじゃないか。

暑い夏の昼下がり、障子を開け放った
畳の部屋に赤ちゃんがタオルケットの上でゴロンとしてる。
私がイメージする幸せのかたちです。
吹き入る風、お日様の柔らかい光とあたたかさが
赤ちゃんをそっと包み込みます。
そのとなりで疲れたお母さんもゴロンとする。
疲れた毎日にRELAXのひと時を。

皆さんGW如何お過ごしでしょうか。
どこも大変な人出となっているようで混雑や渋滞に
巻きこまれてくたくたにお疲れになっているんではないでしょうか。
どうしてもイライラしてしまって一緒に楽しみにきたはずが
ケンカになってしまって非常に残念な思いをすることって
ありますよね。
ケンカすることは大切なことです。お互いの気持ちをため込まず
はっきり言うことは自分に無理をさせないということです。
しかしここで大事なのもこころの想像力です。
けんかがただの罵り合いになってはもったないです。
ちゃんと話し合いにならないといけません。
また男性がやりがちなのですが、論理的になりすぎても
よくないですね。相手が何を欲しているか、それは感情的
なものであって全然論理的じゃないことだってたくさんあります。
なにか言葉を発する前に一度想像してから言う。
それだけで一日を後悔せず楽しく過ごせますよね。
ただ雨降って地固まることもあります。
ケンカしちゃっても仲直りすればいいだけです。
残りの休日をお楽しみください。
こころとは想像力だという話をきいたことがあります。
たしかにそうですね、ひとを思いやるということは
ひとを自分と同じように考えることが出来るということです。
病気や天災、思い通りにならないことは世の中にはたくさんあります。
先月の京都は不慮の事故が続きました。いずれも自分だけじゃなく
ほんの少しの想像力があればふせげたのではないでしょうか。
悲しすぎます。この場をかりてご冥福をお祈りいたします。
どうぞGW皆さんお気をつけておでかけください。
今日は花まつり、降誕会についてお話をいたします。
降誕会はお釈迦さまの誕生を祝い祈念し行う法要で
通常は四月八日に行われます。
当寺では少しでも多くのお子さんに知っていただきたくGW中の
いづれかの日に行っております。
お釈迦さまの言葉に「天上天下唯我独尊」という有名な言葉がありますが
当寺の開山でもある大応国師にこんな逸話があります。
ある修行僧が国師に「天上天下唯我独尊」とは何かと問います。
国師は「人々のために力をつくすことだ」と答えられました。
全ての命が等しく仏さんの心をもっている。
自らを愛し大切にし仏のこころに気づけばおのずから
悩める人たちを安心させる
ことができるのです。
仏教のすばらしさは偽善や何かを犠牲にした愛ではなく
真理への気づき、そこにこそあると思います。

一休寺花まつり 5月5日(土)
朝9時から法要 終日山門にて甘茶の無料接待行っています
先日、京都コンサートホールへ葉加瀬太郎さんの演奏を聞きに
いってまいりました。
クラシックがテーマということでCDとはまた違った雰囲気でブラームスなど
クラッシックの名曲を演奏されました。
御自身の曲も何曲か演奏されその中に表題の「ひまわり」もありました。
ごぞんじの通り朝ドラのてっぱんの曲なのですが東北の震災で
一週間放送が中止され一週間後に放送が再開されたとき
東北の方々はこの曲が朝のテレビから流れてくるのを聞いて
ほっとしたそうです。
多くの人から反響を得たとしてご自身の中でも復興のシンボルとして
大切な曲として演奏されました。
春の訪れとともに暖かくなってまいりました。
天気のいい日はどこかへお出かけしましょう。
皆に愛されている観音さま、ほとけさまというのは遠い存在ではなく
実は私たちの中にあるといいます。
見るのではなく観ていると書きます。
私たちの声をすべてみてくれている。
しかし私は全部知っているんだとひけらかすこともなく
そっと胸にしまって見守ってくれている。
そんな人って案外近くにいるものです。
皆さんの観音さまはもう見つかりましたか?