室町時代を生きた民衆たちは、たび重なる飢饉や、戦などに苦しみました。 蓮如さんは、日常の地獄を生きる民衆たちの心を何とか救いたいと思い、浄土真宗の教えを民衆にも伝えたいと考えました。
しかし浄土真宗の教えは、とてもむつかしく書いてあるので、民衆にはなかなか理解できません。 そこで、蓮如さんは「御文」(おふみ)という簡単な「かな文」による説教を作りました。
その結果、浄土真宗の教えは広く民衆に広まり、定着したのでした。
新右衛門さんは、一休さんをみはる「サムライ」かつ、将軍さまの片腕の「寺社奉行」として一休寺を訪れていました。
本当は寺社奉行にかこつけて、一休さんの所に遊びに来ていたのではないか?と、うたがわれていたほど二人は仲が良かったようです。